-静岡茶発祥の地- 足久保TEAWORKS English

お茶の初まり

紀元前の中国南西部、雲南省あたりの山地。 当時はたいへん貴重な医薬品だったそう。

足久保茶の初まりは奈良時代

元正天皇の皇太子(のちの聖武天皇)が重い病気に なってしまったおり 占い師が現れ  「遠く東の地にある大きな楠の木が 命の終わりに際し 自分の体で仏像を刻んで欲しいと望んでいる為だ」と告げた そこで、有名な仏師の行基という僧が 楠の巨木を探しにこの地へやってきた その頃 あたり一面に芦が生い茂っていたので この地は芦(足)の窪(久保)と名付けられた

行基はこの地の楠の木を切り倒して観音像を7体彫刻し 7つのお寺に安置した そのうちの一体が法明寺の境内にある観音堂の仏像と 伝えられている この時 夢中で彫刻をしていた行基のもとに シャクシババアと呼ばれる老人が現れ 不思議な飲み物を差し出した それを飲んだ行基は 大変気分が良くなり 疲れが消えてしまった これがお茶だったそう

静岡茶発祥の地足久保と言われる由縁

鎌倉時代 1191 年 日本のお茶が 中国の宗から茶を持ち帰った 栄西僧師により広められたように 静岡茶は 駿州(静岡市の大川地区の栃沢)に生まれた 聖一国師(1202 年~1280 年)が 中国の宗へ留学し 茶の種を持ち帰り 宗の茶産地と似た地形と気候のふるさと栃沢や足久保の地へ 植えた そこから安倍川から大井川の分水嶺を超えて大井川地方に下り 牧ヶ原へ広まったとされている 聖一国師は 宗の茶産地と似た地形と気候の ふるさとなら きっとお茶の木が育つにちがいないと 考えたのでしょう  当時 禅僧の間では薬理作用があると言われ  眠気防止のために禅の修学の際に用いられ 珍重されていた

聖一国師

聖一国師の碑

聖一国師の威徳を記念して 師の故郷 栃沢と足久保に 石碑が建てられた 足久保の地の石碑の横に 「足久保茶750年」の 記念碑も建てられている

足久保ティーロード

聖一国師が宋から帰国した際 栃沢の生家に戻る途中茶種を巻いた 足久保から栃沢をつなぐ古道が 「ティーロード」と名付けられ 今では、トレッキングコースとして 整備され 多くの人々が散策を 楽しんでる 標高850m の釜石峠を超える道のり

駿河路やはなたちばなも茶のにほひ
芭蕉

駿河国に来ると 白い橘の花がたくさん咲いていて香りが良いが それ以上に製茶の香りに包まれている

日本一の大きさだろうと言われる句碑「狐石」に刻まれている句は かの松尾芭蕉翁が西下の途中 元禄7年に詠んだ句 茶の発祥の地 この足久保に 句碑が建てられた その脇には古に建てられた 「聖一神光国師」の碑 (年代不詳)が時代を感じさせるた たずまいを見せている

芭蕉

徳川家への上納茶

足久保は 徳川家康が駿府城にいたことが 発展のきっかけになった 家康や家臣 有力者たちのために足久保茶を上納していたから 足久保にはお茶小屋と呼ばれる製茶所が 原・栗島・矢沢と三ヶ所にあり ここで製造した茶を大日峠のお茶小屋に保管し 鮮度を保たせて必要量だけを茶壺に入れ 法明寺入り口から足久保を通り駿府城へと人馬で運んでいた